瞑想とは?アルボムッレ・スマナサーラ長老いわく・・・

今回は「瞑想とは?」という瞑想の定義について紹介していこうと思います。

瞑想の定義についてですが、瞑想に興味があるという方は、「瞑想って何だろう」と自分なりに調べておられる方が多いと思います。

ですが、実際に調べてみると、人によって言っていることが様々で「一体瞑想って何なの?」と混乱されている方も多いのではないでしょうか。

また、日常的にメンタルケアとして瞑想をされている方でも、「そもそも瞑想って何?」と問われると意外に答えに詰まってしまうかもしれません。

そこで今記事では、「瞑想とは何なのか?」「瞑想をすると、どのような効果が見込めるのか」「瞑想はどのように行うのか」といった点を紹介し、瞑想についての理解を深めていきたいと思います。

ですが、瞑想について私が勝手に解説をしても

「本当に信じていいの?」

「それあなたの思う瞑想なんじゃないですか?」

と結局、瞑想についてもやもやした思いが残るだけかもしれません。

瞑想については、人によって定義が様々なため、たくさん調べれば調べるほど、何が瞑想なのかよくわからなくなってしまいますよね。

ですので、今記事では、瞑想について知り尽くした達人の意見を元に、瞑想の定義を確認していきたいと思います。

色々な人の意見を聞くとよくわからなくなっちゃうので、一人の意見にしぼって話を聞いてみようということですね。

今回、瞑想を学ぶ達人とはスリランカ仏教界長老のアルボムッレ・スマナサーラ長老です。

瞑想のことは、瞑想の達人に聞け!

これが一番確実ですね(^ω^)

本格的に瞑想をしてみたいという方はもちろん、「私は簡単に行うプチ瞑想で十分!」という方も、一度しっかり瞑想の定義を確認していきましょう!

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アルボムッレ・スマナサーラ長老とは

まずは、これから瞑想を学ぶアルボムッレ・スマナサーラ長老がどのような方なのか見ていきましょう。

SB新書

(↑こちらの方がアルボムッレ・スマナサーラ長老です)

アルボムッレ・スマナサーラ長老はスリランカ出身の僧侶です。13歳で出家得度。

1980年に国費留学生として来日し、駒澤大学大学院にて道元の思想を研究しました。

その後、スリランカと日本両国での活動を経て、1991年に再来日。

上座仏教修道会にて仏教講演や瞑想指導を本格的に開始しました。

現在でも、日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事しています。

(主にwikipedia参照)

自身も出家し、瞑想修行されているお方です。そして、現在は瞑想の指導もされているとのこと。

この方に学べば瞑想についてしっかりと理解できそうですね。

以下、スマナサーラ長老の書籍を元に瞑想についてまとめていきます。

※今回の記事で主に参考にした書籍は以下の二冊です。どちらも著書はアルボムッレ・スマナサーラ長老です。

「現代人のための瞑想法ー役立つ初期仏教法話(4)」

「自分を変える気づきの瞑想法【第3版】」

瞑想とは何か。瞑想の意味とは

それでは瞑想とは一体何なのでしょうか?

スマナサーラ長老によると、瞑想とは「心のトレーニング法」とのことです。

瞑想とは、何か神秘的なものと思われているかもしれませんが、そうではなくて大変科学的なものです。弱いところを鍛えて育てる、いわば「心のトレーニング法」です。

引用:自分を変える気づきの瞑想法【第3版】 著 アルボムッレ・スマナサーラ

私たち人間には、「身体」という物体とともに、「心」という精神的なエネルギーが存在しています。

「身体」は機械のようなもので、いわば道具。「心」という精神的なエネルギーが身体を動かしています。

「楽しみたいなぁ」と「心」が思うと、「どういう風に楽しめばよいか」とまた「心」が考えます。そして、「心」が考えた楽しむための手段を、「身体」という道具を使って実現します。

例えば、音楽を聴いてちょっと楽しみたいなと「心」が思ったら、「身体」はCDを持ってきて、コンセントを入れてスイッチを押します。

「心」が「身体」を動かしているのですね。

眠たくなったり、ご飯を食べたくなったり……といったのも「心」の働き。

ご飯を食べたいにしても、牛肉がいいのか、鶏肉がいいのか、そして、調理は焼き肉がいいのか、すき焼きがいいのか………このように細かな注文を付けてくるのも、また、「心」です。

つまり、「身体」という物体は「心」によって動かされていて、「心」が支配者です。

「心」こそが自分自身なのですね。

私たちは常に「心」によって動かされているので、人生が成功するのも失敗するのも、カギを握るのはすべて「心」ということになります。

ですが、皆さん、「身体」のことは大事に考えて色々とケアしますが、支配者ともいえる「心」については未熟なままで、鍛え、育てようとしたことはないのではないでしょうか?

「心」が弱く不安定な人は、日々あう様々な事件や出来事に翻弄されてしまいます。ちょっとした失敗に落ち込み、「私はなんてダメな人間なんだ」と自己嫌悪に走ってしまいます。

すぐに動揺してしまう人とも言い換えることができますね。

これでは、前向きに生きていくことは難しいですし、仕事や人間関係などで失敗を繰り返すかもしれません。

逆に、「心」がしっかりしていれば、何があっても動じたりすることはありません。感情的になることもなくなります。

病気になる、職を失う、悪口を言われたりといった人間関係のこじれ・・・

例え、「不幸なこと」「嫌なこと」があっても気持ちが沈み、悪循環に陥るということもありません。

そうなると、日々、安定して過ごすことができ、物事もうまくまわりますね。

ですので、私たちは「心」を積極的に鍛えていく必要があるということになります。

「心を育てる」とは、心がいろいろな情報に左右されないように鍛えることです。強い心を持てば、「不幸な出来事」に出合っても心乱されることなく、安らかな、幸せな気持ちを保つことができます。

引用:自分を変える気づきの瞑想法【第3版】 著 アルボムッレ・スマナサーラ

心は鍛えることができる。瞑想は正しい心の鍛え方

心は鍛えることができます。

スポーツジムに行ってトレーニングをすれば身体を鍛えることができますよね。

それと同じで、正しい方法で取り組めば、心も鍛えることができます。

ただし、その方法には注意が必要です。

やみくもにトレーニングしようとしても心は鍛えられません。

足を丈夫にしたいのに、いくら腕立て伏せをしても意味がありません。大胸筋を鍛えたいのに一生懸命ルームランナーを走っても効果は見込めません。

それと同じで、心を鍛えるにはしっかりとした理論に基づいた、正しい方法が必要となります。

心には心の法則があるので、その法則にのっとって鍛えていく必要があります。

その正しい心の鍛え方こそが瞑想です。

瞑想は心の科学

また、これは繰り返しおっしゃってることなのですが、スマナサーラ長老いわく、瞑想は神秘的なものでも、宗教的なものでもなく、「心の科学」とのことです。

「心の科学」とはどういうことなのかというと、理論があって実践があります。やり方は厳密です。ですが、科学である限り、やれば必ず「結果」が出ます。

つまり、瞑想をすれば、「確実に心が鍛えられる」ということになります。

そして、それは一時的なものではなく、心の問題が根本から解決してしまうとのことです。

しかし、やみくもにやればいいというわけではありません。科学ですから、厳密です。理論があって実践がある。この本で、それを紹介します。科学ですから、やってみれば必ず結果が出ます。

引用:自分を変える気づきの瞑想法【第3版】 著 アルボムッレ・スマナサーラ

これは一時的な結果ではありません。心の問題が最終的に解決するのです。お釈迦様の瞑想によって獲得した安泰は、誰にも破ることはできません。それぐらい厳密な心の科学なのです。

引用:自分を変える気づきの瞑想法【第3版】 著 アルボムッレ・スマナサーラ

ここまで断言されるとちょっと驚いちゃいますね。

「瞑想に興味がわいてきた!」

という方もいらっしゃるかもしれません。

瞑想するとどんないいことがあるの?瞑想の効果について

瞑想によって心を鍛えると心はどのような状態になるのでしょうか。スマナサーラ長老によると瞑想すると心は次のように変化します。

・悩まない、落ち込まない

・怒り、嫉妬、憎しみなどの感情に左右されない

・振りまわされない

・落ち着いている、安泰を感じられる

・興奮しない、恐怖心がない、心配しない

・いつでも正しい判断ができる

・突然予測しなかった問題が起きてもすぐに対処できる

※参考図書「自分を変える気づきの瞑想【第3版】」

素晴らしい精神状態ですね。何事にも動じない「不動心」が身につくといった印象です。

また、瞑想で心が鍛えられると、会社での仕事もうまくいくようになり、「成功」もできるとのことです。

ここについては私自身、ちょっと意外でした。

宗教家の説く瞑想というと、「私は心が安泰なら何もいらない」と俗世からどんどん離れて山にこもっていくイメージが私にはあったのですが、日常生活もうまくいくようになり、「成功」するとのことです。(書籍で「成功」という言葉は頻繁に使われています)

これについては、瞑想(ヴィパッサナー瞑想)は、涅槃へ至るほどすごく効果があるので、仕事や、家庭円満、体の健康とか、そんなものはいとも簡単に得られるとのことです。

瞑想は悟りの境地に達するほどのパワーがあるので、瞑想で心を鍛えてしまえば、日常的な目標達成なんて朝飯前ということですね。

また、瞑想には、脳細胞が活発に働く「脳トレ」の一面もあり、能力開発にもなるそうです。

瞑想をすれば、心が鍛えられるだけでなく、仕事や人間関係といった日常生活がうまくまわるようになる。そして、人生もおのずと良い方向へ進んでいく。

瞑想は宗教家だけでなく、社会生活を営む私たちにとっても、有益で役に立つトレーニングといえますね。

※ただし、瞑想を行うときは、成功したいとか、美しくなりたいとか、そういう風には考えてはいけないとのこと。「ありのままの真理をみたい、一切のストレスから自分の心を解放したい」ということを目的として行うことが重要です。日常的な実益はその結果としてついてくる「おまけ」ということです。気を付けましょう!

「サマタ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」

続いて、瞑想ではどのように心を鍛えていくのかを見ていきましょう。

瞑想には「サマタ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」という二つの瞑想法があり、この二つの瞑想によって心を鍛えていくことになります。

順番としては、「サマタ瞑想」→「ヴィパッサナー瞑想」という順で実践することになります。

「サマタ瞑想」は私がメインで行っている瞑想法です。次回詳しく説明しますので、ここでは簡単に概略を述べていきますね。

「サマタ瞑想」とは

「サマタ」とは、「落ち着く」という意味です。落ち着いた静かな心、集中力のある心を作るのが「サマタ瞑想」となります。

静かに座って呼吸に意識を向ける「呼吸瞑想」、慈悲の言葉を唱える「慈悲の瞑想」が代表格です。

私たちがイメージする瞑想は大体この「サマタ瞑想」になるのではないかと思います。瞑想というと、静かに呼吸に意識をむけて、心を落ち着かせているイメージが浮かぶのではないでしょうか。スマナサーラ長老も日本の禅やインドのヨガなどがとくに有名な「サマタ瞑想」とおっしゃってます。

脳の状態としては、落ち着いた時に出るアルファ波が出ている状態です。アルファ波が出ているときは、雑念がなく、高度に集中し、心はリラックスして落ち着いています。

勘が冴え、想像力、記憶力、さらには免疫力も高まります。勉強や仕事の能率がすごく上がりますね。

また、「サマタ瞑想」は落ち着くための瞑想なので、心が落ち着くものはどんなものも「サマタ瞑想」となるそうです。念仏を唱えると落ち着くのであれば、それも「サマタ瞑想」。踊りで落ち着くならそれも「サマタ瞑想」。登山で落ち着くならそれも「サマタ瞑想」です。

登山が「サマタ瞑想」!?Σ(;´・ω・`)

というような気もしますが、要は心が落ち着くのであればなんでもいいよということですね。

「サマタ瞑想」で心を落ち着けたら、次は「ヴィパッサナー瞑想」に移ります。ですので、「サマタ瞑想」は「ヴィパッサナー瞑想」をするための準備運動的な意味合いも持っています。

「ヴィパッサナー瞑想」とは

「ヴィパッサナー瞑想」とは、「明確にみる」という意味です。今自分に起こっていることをありのままに観察する瞑想法です。

「サマタ瞑想」で準備運動をして(心を落ち着けて)、こちらの「ヴィパッサナー瞑想」に移るので、こちらが本格的なトレーニングということになりますね。

ちなみにブッダが悟りを開いたのはこの「ヴィパッサナー瞑想」です。「ヴィパッサナー瞑想」は悟りの境地にも達する瞑想法ということなります。

ちなみに悟りとは何なのかというと、スマナサーラ長老いわく『ストレスや悩みからの完全な解放』とのことです。

悟りにも至る瞑想と聞くとすっごく難しそうな印象を持ってしまいますね(;´・ω・`)

ですが、やることはとても簡単なんです。

ヴィパッサナー瞑想の具体的なやり方としては、「今の瞬間」に自分がやっていることを「実況中継」します。

例えば、「立って行うヴィパッサナー瞑想」では、座った状態から自分が立ち上がるのを、逐一、実況中継します。

立ち上がるために手や足や腰を動かす際に、「右手を上げます、広げます、置きます」「左手を上げます、広げます、置きます」「左足を上げます、上げます」「右足を上げます、上げます」「腰をあげます」……。と動作をしながら、それを実況中継します。

そして、最後に立ち上がる時にも「立ちます」「立ちます」「立ちます」と実況中継します。

なんでこんなことするの?

と思う方もいらっしゃると思いますが、それは「思考を止めるため」です。「実況中継」で頭を忙しくして、思考する暇を与えないようにするのが「ヴィパッサナー瞑想」です。

ヴィパッサナー瞑想の試みは、「一切の思考を停止する」チャレンジです。

引用:自分を変える気づきの瞑想法【第3版】 著 アルボムッレ・スマナサーラ

スマナサーラ長老によると、「思考」は心を汚す唯一の原因だと考えられているそうです。私たちが考えていることのほとんどすべては、生きる上で必要な思考ではなく、「妄想」「雑念」「主観」「感情」と言い換えることができます。

また、「思考」よって目が曇ると、事実をありのままに見ることができなくなってしまいます。その思考が止まれば、心の曇りが晴れ、「智慧」が現れます。

※「智慧」=「ありのままを知る能力」

ただし、ここについては詳しく紹介するとなると、とてもこの記事だけでは足りません。また、日常的な「メンタルケア」として瞑想を実践している私が「智慧」などを語っていいのかという話にもなってきます(間違った解釈を伝えると大変ですからね。。。)

ですので、「ヴィパッサナー瞑想」については「思考を止めるための瞑想」とだけお伝えすることとします。

「もっと詳しく知りたい!」という方はスマナサーラ長老の書籍で学ばれてください。

ちなみに、この「ヴィパッサナー瞑想」は一日十二時間から十五時間くらい徹底的に実践すれば、二週間で悟りが得られるというほどの強力な瞑想法だそうです。

悟りに通じる瞑想が「実況中継」と聞くと、意外と簡単で驚いちゃいますよね。

でも、これ実際にやってみるとめちゃめちゃ大変です(笑)

やり方自体は簡単。でも、実践するとすごく大変な修行というのが「ヴィパッサナー瞑想」です。

終わりに

以上が瞑想についての解説となります。

瞑想についてはご理解いただけたでしょうか?

さすがにひとつの記事では「瞑想によって物の見方がどのように変わっていくのか」といった具体的な話までは紹介することはできませんでした。ですので、瞑想の定義と簡単な流れを紹介することとなりました。

瞑想は「心のトレーニング法」。手順としては「サマタ瞑想」→「ヴィパッサナー瞑想」という順番で心を鍛えていくということでしたね。

もしかすると、この記事を読んで瞑想に対する印象が変わった方もいるかもしれません。

私がそうだったのですが、瞑想は宗教的な儀式であったり、単なるリラクゼーションの一種だと思っていました。ですが、瞑想は、決して宗教的なものでも神秘的なものでもなく、心を鍛える科学的なトレーニング法だったのですね。

また、瞑想で心を鍛えると、心が落ち着いてクリアな状態になるだけでなく、脳細胞も活性化できます。

その状態をつくることができれば、仕事もうまくいくし、日常生活もうまくまわるようになります。そして、成功します。

「私は心が弱いよな……」

と思う方はもちろんですし、

「仕事や人間関係をうまくこなして、良い人生を送りたい」

という方も瞑想にチャレンジしてみるといいですね。

次回は私が日々、メインの瞑想法として実践している「サマタ瞑想」について詳しく紹介していきます。

「サマタ瞑想」をすると「脳のこの部分の働きが変わってる」といった脳の話も交えて話を進めていく予定です。興味のある方は次の記事も読んでいただければなと思います(^ω^)

※このブログは「不安」や「怒り」といった感情を否定せずに受け入れて(鎮めて)、自分の力に変えていくという方法を伝えるブログです。ですが、今回は瞑想本来の定義をそのまま伝えるため、私の考えは排除しました。今後書いていく予定のメンタル系の記事と併用すると「この人、言ってることが一貫してないな」と矛盾を感じることがあるかもしれません。その点についてはご理解ください。

※アルボムッレ・スマナサーラ長老の書籍はamazonの「Kindle Unlimited」でかなりの分量が読めます。今回の記事も「Kindle Unlimited」を利用して作成しました。

「Kindle Unlimited」は月額980円の書籍読み放題サービスです。初回30日間は無料ですので、自分でもスマナサーラ長老の本を読んでみたいという方にオススメです!

まとめ

・瞑想とは「心のトレーニング法」

・瞑想は神秘的なものでも、宗教的なものでもなく、「心の科学」。理論があって、実践がある。やり方も厳密。でも、やれば必ず「結果」が出る

・瞑想すると何事にも動じない「不動心」が身につく。また、脳細胞を活性化できる。仕事や人間関係もうまくいくようになり、成功する

・瞑想では「サマタ瞑想」と「ヴィパッサナー瞑想」というふたつの瞑想法によって心をトレーニングする。順番は「サマタ瞑想」→「ヴィパッサナー瞑想」。

・「サマタ瞑想」は心を落ち着けるための瞑想法。脳の状態としてはアルファ波が出ている状態。呼吸に意識を向ける「呼吸瞑想」、慈悲の言葉を唱える「慈悲の瞑想」が「サマタ瞑想」の代表格。しかし、他にも、心が落ち着くものは全部「サマタ瞑想」。

・「ヴィパッサナー瞑想」とは、「明確にみる」という意味。今自分に起こっていることをありのままに観察する瞑想法。具体的には、「今の瞬間」に自分がやっていることを「実況中継」する。「ヴィパッサナー瞑想」の目的は「思考を止めること」。実況中継で頭を忙しくし、思考する暇を与えないようにする。

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